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2015年10月26日月曜日

謎の大元神社(石見神楽と大元神)

人文研究見聞録:謎の大元神社

島根県の石見地方には「大元神社」という神社が数多く存在しています。

しかし、どの神社も詳しい由緒は公になっておらず、どうやら祭神名すら掲げられていないようです。

その大元神社の謎について迫ってみたいと思います。

石見地方と大元信仰

人文研究見聞録:謎の大元神社

調べてみると、どうやら石見地方には「大元神」と呼ばれる農耕にまつわる土着の豊穣神が存在するようです。そして、その大元神を信仰する「大元信仰」という民間信仰が古くから根付いていたと云われています。

なお、鳥取県の水木しげるロードには「大元神」のブロンズ像があります。これが大元信仰における大元神像なのかは不明ですが、大木に巻きつく龍の姿をしています。

境港市の公式サイトによれば、「大元神は荒神とともに村の守護神として信仰されてきた。神木に蛇わら(蛇ではなく龍の場合もあるが)を巻きつけた状態で祀られ、開拓祖新(部族の祖先とされる神)だと云われている。」と説明されています。

大元神社と石見神楽

人文研究見聞録:謎の大元神社

大元神社は由緒さえ不明なものの、石見神楽が奉納されるという共通点が見られます。なお、石見地方では、この石見神楽が年間を通して盛んに行われており、地元で知らないものは居ないほどだそうです。

この石見神楽にはいくつかの種類があり、その源流には「大元神楽」というものがあるようです。

この大元神楽は、古来より民間信仰の農神に捧げる田楽系の行事が原型とされ、それが平安末期から室町時代にかけて石見地方に浸透し、その流れの中で小神楽などを取りこんで体系化されたと云われています。

その本義は、中国・四国地方に多く信仰されていた大元信仰を中心にして農神に捧げた呪術的な神事であり、神職よって式年祭の秋にのみ行われた神楽なんだそうです。その後、時代が下るにつれて六調子から八調子へとテンポが速くなり、現在では石見を代表する伝統芸能となったとされています。

要約すると、「石見神楽」は土着の民間信仰である「大元信仰」から生まれた神事であり、元来、豊穣をもたらしてくれた「大元神」に捧げるための呪術的な祭礼だったということですね。

石見神楽についてはこちらの記事を参照:【石見神楽】

大元神社の祭神

人文研究見聞録:謎の大元神社

石見地方の大元神社では祭神は恐らく「大元神」であろうと思われますが、その他の地方の大元神社の祭神は「国常立尊(クニノトコタチ)」とされていることが多いようです。

その代表的なものが、広島県の宮島にある厳島神社の大元神社(境外摂社)であり、そこで祀られる祭神は「国常立尊」「大山祇神」とされています。この摂社は本社よりも鎮座が古いとされますが、石見神楽は奉納されないようです。

しかし、「百手祭(ももてまつり)」と呼ばれる御弓神事が行われることで知られており、そこでは的の裏面に「甲・乙・ム(こう・おつ・なし。)」の3文字を組み合わせた「鬼」に似せた文字が書いてあり、この字には「年の始めから争いごとはしない」という意味を含んでいるとされています(他の神社の御弓神事では「鬼」とされることが一般的なようですが、なぜ「鬼」としないのでしょうか?)。

なお、大田市大屋町大国に鎮座する大元神社の祭神は「大元神」と断定されているそうです(現存せず)。このことから、やはり石見地方における大元神社は、土着の「大元神」を祀っている神社であると思われます。

大元神とは?(大元神についての考察)

人文研究見聞録:謎の大元神社

上記のことから、大元神社の祭神とされるのは「大元神」と「国常立尊」の二柱とされていると考えられます。

まずは民間信仰の「大元神」に関する情報をまとめてみます。

「大元神楽」は大元神に奉納する呪術的な祭礼であるとされますが、その中で注連縄を丁重に扱っていることから「」を意識していると思われます。また、「石見神楽」の演目の中で花形とされるのが「大蛇」であり、その中でも大蛇による舞が最大の見せどころとされています。

これは水木しげるロードにある大元神のブロンズ像の説明と一致し、その姿は大木に巻き付いた「」もしくは「」とされます。石見神楽の「大蛇」ではヤマタノオロチに角が生えており、その姿はもれなく龍のようになっています。しかし、「日本神話」ではヤマタノオロチは角が生えていたとは記されておらず、意図的に龍を模ったとも考えられます。

なお、「大元神」はそもそも農耕にまつわる豊穣神とされ、田の神五穀豊穣に関連する神であると言えます。

上記のことから、「大元神」には「龍蛇神」と「豊穣の神」という要素があるものと考えられます。

次に「国常立尊」に関する情報をまとめてみます。

国常立尊(国之常立神)」は「日本神話」の天地開闢の際に出現した神であり、『日本書紀』では最初に現れた神とされています。また、伊勢神道では天之御中主神、豊受大神とともに根源神とされ、その影響を受ける吉田神道では、国之常立神を天之御中主神と同一神とし、「大元尊神(宇宙の根源の神)」に位置付けられています。

そのため、別名を「大元神」とされても何の不思議もありません。よって、別名である可能性が考えられます。

ここまでをまとめると、「大元神」は「龍蛇神」「豊穣の神」「根源神」という要素を含んでいると言えます。

これに共通する神社として京都府の丹後地方にある元伊勢籠神社が浮上します。

籠神社は元々奥宮の真名井神社豊受大神が祀られたことに始まるとされています。籠神社の社伝によれば「豊受大神は別名を天御中主神、国常立神とも云い、その御顕現の神を豊宇気毘売神・豊受比売と云う」とされています。なお、豊受大神は御饌津神(ミケツカミ)とも呼ばれ、食糧と五穀豊穣を司る神としても知られています。

また、真名井神社の境内には狛龍が配され、海神・大綿津見神(龍神とされる)も祀られています。

よって、ここに「龍蛇神」「豊穣の神」「根源神」という要素が浮上します。

また、関連性についての裏付けはありませんが、石見地方の益田市に鎮座する遠田八幡宮でも和田津美神(龍神)豊受比売神が祀られており、真名井神社の祭神と一致します。

これらのことから、大元神社で祀られる「大元神」は「豊受大神」を指していると考えられます。

なお、石見神楽で重要視される「スサノオ」と厳島神社の「百手祭」については、大元神とともに信仰される「荒神」という点で共通性が見られる気がしますが、情報不足のため、今はペンディングとさせていただきます。

石見地方の大元神社

石見地方の大元神社を一部紹介します(参拝したもののみ)。

人文研究見聞録:謎の大元神社
大元神社(大年神社)


料金: 無料
住所: 島根県江津市和木町41
営業: 終日開放
交通: 都野津駅(徒歩24分)
人文研究見聞録:謎の大元神社
大元神社(染羽天石勝神社)


料金: 無料
住所: 島根県益田市染羽町1-60
営業: 終日開放
交通: 益田駅(徒歩32分)、石見交通バス「医光寺前」下車(徒歩5分)
人文研究見聞録:謎の大元神社
大元神社(櫛代賀姫神社)


料金: 無料
住所: 島根県益田市久城町963
営業: 終日開放
交通: 益田駅(徒歩43分)、石見交通バス「久城」下車(徒歩6分)
人文研究見聞録:謎の大元神社
大元神社(厳島神社)


料金: 無料
住所: 島根県益田市中須町434
営業: 終日開放
交通: 益田駅(徒歩35分)、石見交通バス「中須」下車(すぐ
人文研究見聞録:謎の大元神社
大元神社(益田市中吉田町)


料金: 無料
住所: 島根県益田市中吉田町587
営業: 終日開放
交通: 益田駅(徒歩22分)、石見交通バス「中吉田」下車(徒歩5分)
人文研究見聞録:謎の大元神社
大元神社(益田市高津町)


料金: 無料
住所: 島根県益田市高津2丁目30
営業: 終日開放
交通: 益田駅(徒歩24分)、石見交通バス「人丸下」下車(徒歩5分)
人文研究見聞録:謎の大元神社
大元神社(益田市三宅町)


料金: 無料
住所: 島根県益田市三宅町8-8
営業: 終日開放
交通: 益田駅(徒歩24分)、石見交通バス「折戸」下車(徒歩7分)
人文研究見聞録:謎の大元神社
大元神社(益田市下本郷町)


料金: 無料
住所: 島根県益田市下本郷町
営業: 終日開放
交通: 益田駅(徒歩25分)、石見交通バス「下本郷」下車(徒歩7分)



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