人文研究見聞録:筑摩神社 [滋賀県]

滋賀県米原市にある筑摩神社(ちくまじんじゃ)です。

琵琶湖沿いに位置する第6代孝安天皇の御代の創祀と伝わる古社であり、祭神に御食津大神(食料を司る神)を祀っています。

また、日本三大奇祭の一つに数えられる鍋冠祭という祭が行われることでも知られています。


神社概要

由緒

社伝によれば、第6代孝安天皇28年の創祀と伝える古社であり、"神功皇后が三韓征伐に向かう際に祈願した、継体天皇が若狭国から還幸の途中に当社にて奉幣の儀を行った"とも記されているとされます。

また、当地は桓武天皇の時代に大膳職御厨(宮中の食物を司る機関)の置かれた場所であるため、その鎮守として御食津神(食料を司る神)を祀ったものと推定されており、延喜式には載っていないものの、それ以前の仁寿2年(852年)には従五位下の神階を授けられ、寛元3年(1245年)には最高位の正一位の神階が授けられたとそうです。

その後、社殿が整備されて広大な神領を有する神社となったとされますが、平安末期には平清盛に社領を奪われて社殿が荒廃したため、建久2年(1191年)に源頼朝が佐々木定綱に命じて社殿を再建し、神領の寄進が行われたとされます。

しかし、応仁の乱の兵火に遭って荒廃し、社宝なども焼失したため、永禄7年(1565年)に神主の筑摩相模守重実によって神殿の造営と祭典の復興が行われ、江戸時代には彦根藩主井伊氏の崇敬を受け、近代以降は、明治16年(1883年)に郷社に列し、大正4年(1915年)県社に昇格し、また同年に神饌幣帛料供進社の指定を受けたとされています。

祭神

筑摩神社の祭神は以下の通りです。

【主祭神】

・御食津神(ミケツカミ):食料を司る神(総称とされる)
 → ウカノミタマ・ウケモチ・オオゲツヒメ・トヨウケノオオカミ・トヨウケビメ・ワカウカノメなど
 → 由緒書では、御食津大神と表記

【相殿神】

大歳神(オオトシノカミ)『古事記』でスサノオの御子神とされる
 → 由緒書では、大年大神と表記
倉稲魂神(ウカノミタマ)稲荷神(『古事記』で大歳神の兄弟神とされる)
 → 由緒書では、宇賀野魂神と表記

【配祀神】

・大市姫神(オオイチヒメ):『古事記』でスサノオの妃神とされる

境内社

人文研究見聞録:筑摩神社 [滋賀県]

筑摩神社の境内社は以下の通りです。

・社名不詳:天照皇大神を祀る

関連知識

鍋冠まつり

人文研究見聞録:筑摩神社 [滋賀県]

筑摩神社では、毎年5月3日に鍋冠祭(なべかぶりまつり)という大祭が行われます。

社伝によれば、この祭は桓武天皇の時代(平安初期)に始まったとされ、狩衣姿の少女8人が鍋を冠って巡行するといった内容になっており、米原市の無形民俗文化財および日本三大奇祭の一つに数えられています。

また、この祭は古くは女性の貞操観念をを管理するような目的で行われていたとされ、鍋冠りに参加する女性はそれまでに付き合った男の数だけ鍋釜を冠るというルールのもと、これを破れば鍋が落ちて嘘が暴かれて笑いものにされるという神罰が下ったと云われているそうです。

なお、案内板による解説は以下の通りです。

【鍋冠まつり(由緒略記)】

この祭は、米原町大字朝妻筑摩の筑摩神社で、毎年5月3日に行われる祭礼で、「宇治の県祭」「越中鳥坂の尻叩き祭」と共に日本三大奇祭の一つとして有名である。昔は氏子の女が、その褄(つま)を重ねた男の数だけ鍋を冠り、神輿の渡御に お供し、もし その数を偽れば神罰がたちまち当たったという。

『伊勢物語』にも「近江なる 都久摩(筑摩)の祭り とくせなむ つれなき人の 鍋の数なむ」の歌があり、『延喜式』にも大膳職御厨の置かれたところに書いてあるので、古くから知られた土地であり、由緒ある祭礼で、貞操観念を徹底させるために行われたものとされている。

現在では、平安時代に着飾った緑の狩衣(かりぎぬ)に緋の袴を着け、年齢8歳の子女が張子の鍋を頭に冠り、祭礼当日、御旅所から筑摩神社まで巡行している。


【筑摩の鍋冠り祭】

近江なる 筑摩の祭 とくせなむ つれなき人の 鍋のかず見む

『伊勢物語』に詠まれた筑摩の祭は、平安貴族にも広く知られた祭です。この筑摩祭は現在 鍋冠り祭と呼ばれ、筑摩神社の春の祭礼として、毎年5月3日に行われています。

祭の由来については諸説がありますが、中心となる鍋冠りについて、筑摩神社に伝わる『筑摩大神之紀(永禄11年記)』によれば「鍋冠りは15歳未満の少女をもって これを役とす。もし、その中に犯淫の輩があるときは、必ず その鍋落ちて発覚す」とあり、古来から今日に至るまで、婦女の貞操を重んじる祭という説が有名です。

しかし、筑摩神社の祭神は、御食津大神(ミケツノオオカミ)・宇迦乃御魂神(ウカノミタマ)・大年神(オオトシノカミ)であり、いずれも食物を司る神々であることや、筑摩の地が平安時代に宮内省内膳司に所属する筑摩御厨という宮中の食物を司る機関があったことから、神前に作物、魚介類などを供えるとともに、近江鍋と呼ばれた特産の土鍋を贖物(しょくぶつ)としたことが鍋冠り祭の原初の姿ではないかと考えられます。

祭礼の渡御は、筑摩・土多良・中多良・下多良の四ヶ字の氏子が参加して行われます。中でも鍋冠りは7・8歳の少女8人が一閑張りの鍋と釜を各々4つずつ冠り、緑の狩衣に緋の袴を着けた平安の昔を偲ばせる雅やかな姿は、調北の春の風物詩です。

公式サイト:鍋冠祭保存会のホームページ

境内の見どころ

表参道鳥居

人文研究見聞録:筑摩神社 [滋賀県]

筑摩神社の表参道の鳥居です。

裏参道鳥居

人文研究見聞録:筑摩神社 [滋賀県]

筑摩神社の裏参道の鳥居です。

参道

人文研究見聞録:筑摩神社 [滋賀県]

筑摩神社の参道です。

拝殿

人文研究見聞録:筑摩神社 [滋賀県]

筑摩神社の拝殿です。

本殿

人文研究見聞録:筑摩神社 [滋賀県]

筑摩神社の本殿です。

料金: 無料
住所: 滋賀県米原市朝妻筑摩1987(マップ
営業: 終日開放
交通: 米原駅(徒歩34分)

公式サイト: http://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=1018
matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。