人文研究見聞録:妻恋神社 [東京都]

東京都文京区にある妻恋神社(つまこいじんじゃ)です。

日本武尊が東征の折に創建したとされる歴史の古い稲荷神社であり、江戸時代には多くの参詣者を集めたとされています。

また、授与される絵馬のデザインも日本武尊の東征に因んだものとなっています。


由緒

江戸時代の縁起によれば、その昔、日本武尊(ヤマトタケル)が東征の折に当地に倉稲魂命(稲荷神)を祀ったことに始まるとされています(伝承によれば4世紀頃の創建とされる)。

また、日本武尊が三浦半島(現・神奈川)から房総(現・千葉周辺)へ渡ろうとすると大暴風雨に遭い、その時に妃の弟橘媛命(オトタチバナヒメ)が海に身投げして海神を鎮めて一行を救ったことから、妃を船魂神(ふなだま、海神)として当社に祀ったとも云われています。

なお、平安時代には嵯峨天皇の勅命によって関東総社に列し、正一位を賜り「関東総司妻戀大明神」と号したほか、江戸時代には「正一位妻恋稲荷大明神」と称されて多くの参詣者を集めたとされ、関東近辺に稲荷社を分霊したり「野狐退散」の祈祷も行っていたそうです。

そのほか、江戸後期に作られた「稲荷番付」では行司の筆頭にあり、江戸の多くの稲荷社の中でも特別な地位に位置付けられていた社格の高い神社であったとされています。

なお、社名については『記紀』にある東征を終えた日本武尊が弟橘比売を思い出して「吾妻はや(わが妻よ…)」と三度嘆いたという説話より、亡き妻を恋い慕ったという意を取って「妻恋明神」と号したとされます。

祭神

人文研究見聞録:妻恋神社 [東京都]

妻恋神社の祭神は以下の通りです。

主祭神

・倉稲魂命(ウカノミタマ):稲荷神(ヤマトタケルによって祀られたとされる)
・日本武尊(ヤマトタケル):第12代景行天皇の皇子で、畿内より東西を平定したことで知られる
・弟橘媛命(オトタチバナヒメ):ヤマトタケルの妃であり、自らを犠牲にして海神の怒りを鎮めたとされる

鳥居

人文研究見聞録:妻恋神社 [東京都]

妻恋神社の鳥居です。

本殿

人文研究見聞録:妻恋神社 [東京都]

妻恋神社の本殿です。

拝礼に際に「祓え給い 清め給え 神ながら 守り給い 幸え給え」という神拝詞を唱えることとされています。

妻戀稲荷神社

人文研究見聞録:妻恋神社 [東京都]

妻恋神社の境内社・妻戀稲荷神社です。

祭神は恐らく稲荷神であろうと思われます。

石仏

人文研究見聞録:妻恋神社 [東京都]

妻恋神社の境内には石仏が安置されています。

料金: 無料
住所: 東京都文京区湯島3丁目2-6
営業: 終日開放
交通: 末広町駅(徒歩6分)、湯島町駅(徒歩8分)

公式サイト: http://www.tsumakoi.jp/
matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。