人文研究見聞録:『旧事紀』による日本神話(皇孫本紀)

このページでは、『旧事紀』の「皇孫本紀」の現代語訳を紹介しています。

史書の概要などについては「『旧事紀』による日本神話」のページを参照してください


前書

目的・留意点

はじめに、この記事に関する目的と留意点をまとめておきます。

・この記事は、『旧事紀』に記される「日本神話」の内容の理解を目的としています
・原文を現代語で理解できるようにするために、原文を現代語に訳して箇条書きで表記しています
・他書との比較のため、神名はカタカナで表記しており、また「~のみこと」「~のかみ」などの尊称を省略しています
・非常に長い神名の場合、読みやすくするために半角スペースを開けている場合があります
・原文に沿った翻訳を心がけていますが、他の訳文と異なる場合があります(現代語訳の一つと思ってください)
・()で囲んだ神名は、その神の別名とされるものです(複数ある場合は「、」で区切っています)
・()で囲んだ文章は原文には無いものですが、内容を理解しやすいように敢えて書き加えています
・サブタイトルについては独自に名付けたものであり、原文にはありません
・旧事紀はテーマ別に記されており、他書と違って時系列順になっていない部分があります
・当サイトで扱う現代語訳は「日本神話」の部分のみであり、天皇の御代は扱っておりません


皇孫本紀

サルタヒコ

タカミムスヒは、マトコオウフスマで皇孫のニニギを包み、御伴と先払いの神を葦原中国に遣わせた
 ・そして、皇孫がアマノイワクラを離れて、アマノヤエグモを押し開き、威勢よく道を分けて天降ろうとした
 ・そのとき、先払いの神(先発隊)が戻って来て このように言った
  ・「一柱の神ヤチマタ(道の分かれ道)に居り、上は高天原、下は葦原中国までを照らしています」
  ・「その鼻の長さは十咫、背の高さは七咫余り、まさに七尋といわんばかりの大きさです」
  ・「また、口の端が明るく光り、目は八咫鏡の様で、照り輝く様はアカホオズキに似ています」
 ・そこで、御伴の神に素性を明かさせようとしたが、その神の鋭い眼光を恐れて誰も尋ねることができなかった
 ・そのため、タオヤメではあるが、眼力が優れていたアマノウズメが遣わされることになった
・そのとき、アマノウズメは胸を露わにし、越紐を臍の下まで押し下げて、嘲笑いながら、その神と向かい合った
 ・すると、チマタの神アマノウズメに このように問うた
  ・「貴方は何故そのようなことをするのだ?」
 ・アマノウズメは このように答えた
  ・「アマテラスの子が通る道に居る お前こそ誰なのだ?」
 ・チマタの神は このように答えた
  ・「私はアマテラスの子が降りてくると聞いて、こうして待っているのだ」
  ・「私の名はサルタヒコという」
 ・すると、アマノウズメは このように問うた
  ・「お前が私より先に行くべきか?」
  ・「それとも、私がお前より先に立って行くべきか?」
 ・サルタヒコは こう言った
  ・「私が先に行こう」
 ・そこで、アマノウズメは このように問うた
  ・「お前は何処に行くつもりだったのだ?」
  ・「また、皇孫を何処に導くつもりなのだ?」
 ・すると、サルタヒコは このように答えた
  ・「天神の子は、筑紫の日向の高千穂のクシフルノタケに到るだろう」
  ・「また、私は伊勢のサナタの五十鈴の河上に行くだろう」
 ・サルタヒコは、更に続けて言った
  ・「私を顕(あらわ)したのは貴方である」
  ・「故に私は貴方に送ってもらうことにしよう」
アメノウズメは、この一連のやり取りを天に帰って報告した
 ・すると、皇孫アメノウズメに このように命じた
  ・「私の先導役を務めたサルタヒコは、その正体を明かしたお前が送ってやるがよい」
  ・「また、お前はサルタヒコの御名を負い、そのまま仕えるがよい」
 ・故に猿女君らはサルタヒコの名を負って、女でも猿女君と呼ぶようになった
サルタヒコはアザカで漁をしている時にヒラブカイに手を挟まれ、海に沈んで溺れた
 ・なお、海に沈んでいた時の名を、ソコドクミタマという
 ・また、海が泡立った時の名を、ツブタツミタマという
 ・また、その泡を裂いた時の名を、アワサクミタマという
アマノウズメサルタヒコを送った後のこと
 ・アマノウズメは、直ちに大小の魚たちを追い集め、このように問うた
  ・「お前たちは天神の御子に仕えるか?」
 ・すると、多くの魚たちは皆 仕えると答えたが、その中でナマコだけが答えなかった
 ・そこで、アマノウズメナマコに対して「この口が答えない口か」と言って、細小刀でその口を切った
  ・これがナマコの口が裂けている由縁である
  ・また、各天皇の御代に初物の魚介類を献上する時、猿女君に命じられるのは このためである


ニニギの天降り

アマツヒコヒコニニギ(ニニギ)は、筑紫の日向の襲のクシフルフタガミノミネに天降った
 ・そのとき、アマノウキハシから浮島のある平らな所に立った
 ・そして、痩せた不毛な土地から丘続きの良地を求めて歩き、やがて吾田の笠狭の崎に到った
 ・そこで、長屋の竹嶋に登って その地を見渡すと、そこに一柱の神を見つけた
 ・ニニギがその神の元に行くと、その神は自らコトカツクニカツナガサと名乗った
  ・なお、この神はイザナギの子で、またの名をシオツチノジという
 ・ニニギは、コトカツクニカツナガサに このように尋ねた
  ・「ここは誰の国なのか?」
 ・すると、コトカツクニカツナガサは このように答えた
  ・「ここは私が治める国です」
  ・「良いと思われたのならば、仰せのままに差し出しましょう」
 ・そこで、ニニギは此処に留まり、このように言った
  ・「この地は韓国(からくに)に相対しており、道が真直ぐと笠狭の崎に通じている」
  ・「また、朝日のよく差す国であり、夕日が明るく照らす国である」
  ・「故に此処は良い土地であると言えるだろう」
・そして、地底の岩に太い柱を立て、高天原に向って千木が高く聳える宮殿を造り、そこに住んだ


コノハナサクヤヒメ

天孫(ニニギ)は一休みした後に、浜辺に向かった
 ・そこでコトカツクニカツナガサ(シオツチノジ)に このように尋ねた
  ・「あの波打ち際に大きな御殿を立てて、そこで機織りをしている美しい娘は誰の子だ?」
 ・すると、シオツチノジは このように答えた
  ・「あれは、オオヤマツミの娘たちです」
  ・「姉は、イワナガヒメと言います」
  ・「妹は、コノハナサクヤヒメ(トヨアタツヒメ、カアシツヒメ)と言います」
 ・そこで、ニニギは自ら美しい娘に出自を問うた
 ・すると、美しい娘は このように答えた
  ・「私はオオヤマツミの娘で、名はカムアタカシツヒメ、またはコノハナサクヤヒメと言います」
  ・「また、姉にはイワナガヒメが居ます」
 ・それを聞いたニニギは、コノハナサクヤヒメに このように問うた
  ・「私は お前を妻にしたいと思うが、どうだ?」
 ・すると、コノハナサクヤヒメは このように答えた
  ・「私の父はオオヤマツミと言います」
  ・「どうか、父のオオヤマツミにお尋ねになってください」
 ・そこで、ニニギオオヤマツミに このように問うた
  ・「私は お前の娘を見染めて妻にしたいと思っているが、どうだ?」
 ・すると、オオヤマツミは大変喜んで、二人に娘に沢山の品々を持たせて献上した
・ところが、ニニギは姉のイワナガヒメを醜いと思い、召さずに返してしまった
 ・反面、美人である妹のコノハナサクヤヒメだけを召して結婚した
  ・すると、コノハナサクヤヒメは一夜の契りで子を孕んだ
 ・ここで返されたイワナガヒメは、大変恥じて恨んで このように言った
  ・「もし、天孫が私も召したのならば、生まれる御子は岩のように長い寿命を得ることが出来たでしょう」
  ・「しかし、妹だけを召してしまったので、生まれる御子は木の花のように早々に散り落ちてしまうことでしょう」
 ・イワナガヒメは更に続けて こう言った
  ・「また、この世に生きる人民の命も木の花のように移ろって、やがて衰えていくでしょう」
  ・これが、世の人の命が脆いことの由縁である
 ・また、二人の父のオオヤマツミは このように言った
  ・「私が姉のイワナガヒメを献上した理由は、天神の御子の命を 岩のように永遠に変わらないものにするためであった」
  ・「また、妹のコノハナサクヤヒメを献上した理由は、天神の御子の御代を木の花が咲くように繁栄させるためであった」
  ・「私は、このように誓約して奉ったのである」
  ・「しかし、姉を返し、妹だけを留めたため、天神の御子の寿命は木の花のように短くなってしまうだろう」
  ・このため、これ以後の天皇の寿命は短くなってしまったのである
・(コノハナサクヤヒメは妊娠していた)
 ・そこで、カムアタカシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)は皇孫に このように告げた
  ・「私は天孫の子を身ごもりました」
  ・「ですが、密かに産みわけにはいかないでしょう」
 ・すると、ニニギは このように言った
  ・「たとえ天神の御子であるとはいえ、一夜にして孕むわけないだろう」
  ・「故に、お前が身籠った子は私の御子でなく、きっと国津神の子であろう」
・その後、コノハナサクヤヒメは子を生んだ
 ・その御子は四人の子であった
  ・一説には三人の子であるという
 ・そこで、コノハナサクヤヒメは竹の刀を使い、その子の臍の緒を切った
 ・そして、その竹の刀を棄てると、後に竹林になった
  ・故に、その地を竹田という
 ・また、カムアタカシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)はウラヘダ(田)をサナダと名付けた
 ・そして、その田で収穫した稲からアマノタンサケ(酒)を醸して供えた
 ・さらに、ヌナタの稲を使って飯を炊き、それを供えた
・(コノハナサクヤヒメは生まれた御子を連れてニニギの元に向かった)
 ・そこで、御子を抱き上げて このように言った
  ・「この御子らは天神の子です」
  ・「故に密かに育てるわけにはいきませんので、こうして伝えに参りました」
 ・すると、ニニギは このように言って嘲笑った
  ・「なんと、私の御子は よく生まれたものだ」
  ・「これが真ならば、こんなに嬉しいことはない」
 ・コノハナサクヤヒメは怒って このように言った
  ・「どうして私を嘲り笑うのですか?」
 ・すると、ニニギは このように答えた
  ・「私の心が疑わしく思っているため、嘲笑ってしまうのだ」
  ・「なぜなら、天神の子であるとはいえ、一夜のうちに人を孕ませて 生ませるなど できるわけがない」
  ・「故に その子らは我が子では無いだろう」
 ・これを聞いたカムアタカシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)は益々恨んだ
 ・そこで、戸の無いウツムロドノを作って中に籠り、そこで誓約をした
  ・「もし、私の孕んだ子が天神の胤(たね)で無いのならば、必ず焼け滅びよ」
  ・「もし、私の孕んだ子が天神の胤ならば、そんな炎でも傷付けることはできない」
 ・そして、辺りに火を放って部屋を焼いた
 ・まず、その火が最初に明るくなり始めた時に踏み出してきた子は、このように名乗った
  ・「私は天神の子のホアカリである、私の父は何処に居られるのか?」
 ・次に、火の盛んな時に踏み出してきた子は、このように名乗った
  ・「私は天神の子のホノススミである、私の父と兄は何処に居られるのか?」
 ・次に、火の衰える時に踏み出してきた子は、このように名乗った
  ・「私は天神の子のホオリである、私の父と兄は何処に居られるのか?」
 ・次に、火の熱が引いた時に踏み出してきた子は、このように名乗った
  ・「私は天神の子のヒコホホデミである、私の父と兄は何処に居られるのか?」
 ・最後にアタカシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)が燃え杭の中から出てきて このように言った
  ・「私の生んだ御子も、私の身も炎に当たりましたが、少しも傷付くことはありませんでした」
  ・「天孫は、この様子をご覧になっていたでしょうか?」
 ・すると、ニニギは このように答えた
  ・「私は最初から この子らが我が子であると知っていた」
  ・「だが、それを疑う者が居ると思い、衆人の皆に我が子であると証明する必要があったのだ」
  ・「また、天神は一夜で御子を孕ませることが出来るということも示そうと思っていた」
  ・「また、お前には不思議で優れた力があり、その子らも人より優れた力があることを明らかにしようと思っていた」
  ・「このため、先日は お前を嘲るような言葉を述べたのである」
 ・こうして、誓約によって御子が天神の子であるという真の結果を知ることが出来た
 ・だが、トヨアタカシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)ニニギを恨んで言葉を交わさなかった
 ・そこで、ニニギは憂いて このように歌を詠んだ
  ・これが我が御子である
  ・まず、ホアカリ(工造らの祖である)
  ・次に、ホノススミホスソリ、ホスセリともいい、隼人の祖である)
  ・次に、ホオリ
  ・次に、ヒコホホデミ


海幸山幸

ヒコホホデミは、ニニギの第二子であり、母はオオヤマツミの娘のコノナハサクヤヒメである
 ・兄のホスセリは、よく海の幸を得ることから、ウミサチヒコと呼ばれた
 ・弟のホオリ(ここではヒコホホデミと同じ)は、よく山の幸を得ることから、ヤマサチヒコと呼ばれた
 ・なお、は風が吹いたり雨が降ったりすると幸を失ったが、は風が吹いても雨が降っても幸を失うことはなかった
・ある時、に互いの幸を交換しようと提案した
 ・すると、は承諾したため、幸の交換が成立した
 ・は、の弓矢を以って山に入って獣を狩ったが、その成果は全くなかった
 ・は、の釣針を以って海で魚を釣ったが成果は無く、遂には釣針を失ってしまった
 ・このように、互いに幸を得られなかったことから、に弓矢を返して釣針を返すように要求した
 ・しかし、は既に釣針を失くしており、また探す術も無かった
・そこで、は新しい釣針を造ってに渡した
 ・だが、は元の釣針を返せと譲らず、それを受け取ることはなかった
 ・は悩み、自分の太刀を壊して新しい釣針を造り、それを器一杯に盛って贈った
 ・しかし、は怒って このように言った
  ・「私は元の釣針を返せと言っているのだ」
  ・「故に、沢山あったところで受け取るわけにはいかない」
 ・はこのように言って、を益々責め立てた
・このため、弟のホオリは憂い苦しみ、浜辺を彷徨った後に佇んで嘆いた
 ・すると、罠にかかった川雁が見えたので、それを憐れんで解き放ってやった
 ・しばらくするとシオツチノジがやって来て、ホオリに このように言った
  ・「どういう理由で、こんなところで悲しんでいるのですか?」
 ・そこで、ホオリは事の次第を詳しく説くと、シオツチノジは このように言った
  ・「心配することはありません」
  ・「私が貴方のために妙案を考えましょう」
 ・すると、シオツチノジは袋からクロクシ(櫛)を取り出して、それを投げると竹林となった
 ・そこで、その竹を使って目の荒いカタマ(籠)を作り、ホオリをその中に入れて海に沈めた
 ・その際、シオツチノジホオリに このように教えた
  ・「海神の乗る駿馬は、ヤヒロワニといいます」
  ・「そのワニが背鰭を立てて橘の小戸で待っております」
  ・「よって、私が彼と相談して計りましょう」
 ・そして、ホオリを連れてワニに会いに行った
・(この後、二人はワニの元に到った)
 ・そのとき、ワニが計って このように言った
  ・「私は八日後に、天孫を海神の宮まで送ることが出来ます」
  ・「しかし、我が王の駿馬はヒトヒロワニであり、彼ならば きっと一日で送ることが出来るでしょう」
  ・「よって、今から私が帰ってヒトヒロワニを呼びますので、それに乗って海にお入りください」
  ・「そうすれば、やがて良い小浜が見えてきますので、その浜に沿って進めば、我が王の宮に到るでしょう」
 ・そこで、天孫(ホオリ)ワニの言う通りに八日間待った
 ・すると、ヒトヒロワニがやって来たので、それに乗って海中に入った
 ・しばらく進むと、ちょうど良い小浜の道があり、ヤヒロワニの教えた通りに進むと やがて海神の宮に着いた
 ・その宮は、城門を高く飾っており、楼閣は光り輝いていた
 ・また、門の前にはひとつの井戸があり、井戸の上には 枝葉のよく繁った神聖なカツラの木があった
 ・そこで、ホオリは この木の下に行き、そこから跳ね上がって登って佇んだ
・しばらくすると、一人の女が現れた
 ・その女が井戸を覗くと笑顔が映り込み、その姿は絶世の美女であった
  ・これが、海神の娘のトヨタマヒメであり、従えた多くの従者の中から出てきた
 ・そこで、従者らが玉の壷で井戸水を汲もうとしたが、井戸の中に人影を見つけた
 ・そのため、水を汲むことができず、そのまま上を見上げると天孫の姿が見えた
 ・これに驚いた従者は直ぐに戸を開けて戻り、 これを父王に告げた
  ・「私は 我が王だけが唯一、優美なものだと思っていました」
  ・「しかし、貴い客人が門の前の井戸の傍の木の上に居り、その姿は並みでなく、海神よりも優れているように見えます」
  ・「もし、天降れば天のカゲがあり、地から上れば地のカゲがあるといいますが、その客人は妙美です」
  ・「これをソラツヒコと云うのでしょうか?」
 ・そこで、海神のトヨタマヒコは使者を遣わせて、ホオリに このように問うた
  ・「客人よ、貴方は何者で、何故ここに来たのですか?」
 ・すると、ホオリは このように答えた
  ・「私は天神の孫です」
  ・そこで、さらに此処に訪れた理由を詳しく述べた
 ・使者が海神に報告すると、海神は会いたいと思い、三つの床に八重畳を敷き、拝んで中に迎え入れた
 ・このとき、ホオリは入口の床で両足を拭き、次の床で両手を拭き、内の床のマコトオウフスマの上に座った
 ・海神は その様子を見て客人が天神の孫であることを知ると、益々尊敬して丁重に仕えることにした
 ・そこで、沢山の品々を並べた机を用意し、主人としての礼を尽くした
 ・すると、海神はおもむろにホオリに尋ねた
  ・「天孫はどうして此処にやって来られたのですか?」
  ・「というのも、我が子が語るに"天孫が海辺で悲しんでおられたが、本当かどうかわからない"というのです」
 ・そこで、ホオリは答えて事の次第を詳しく述べた
ホオリの話を聞いた海神は、それを憐れんだ
 ・そして、海に居る大小無数の魚をすべて集めて釣針の行方を尋ねたが、誰も知る物は居なかった
 ・ただ、その時にクチメだけは口に病を患っていると聞いたため、すぐに呼び寄せて口を探ると釣針が見つかった
  ・このクチメというのはイナ(出世魚のボラの前の呼称)である
  ・また、一説にはアカメといい、を指すという
 ・そこで、海神は このように命じた
  ・「クチメは これより餌を食べてはならぬ」
  ・「また、天孫の御膳にも加わることはできない」
  ・これがイナが御膳に勧められない由縁である
・その後、ホオリは海神の娘のトヨタマヒメを娶った
 ・二人は海の宮に留まって仲睦まじく過ごしており、遂に三年が経った
 ・ホオリは安らかで楽しい毎日を送っていたが、故郷を想う気持ちも持っていた
 ・そのため、度々 酷く嘆くようになった
 ・それを見たトヨタマヒメは父神に このように告げた
  ・「この貴い客人(ホオリ)は、きっと上の国に帰りたいと思っています」
  ・「近頃、酷く悲しんで度々嘆くようになったのは、故郷を想ってのことでしょう」
 ・そこで、海神天孫に このように申し上げた
  ・「天神の孫が私の元まで来てくださったことは、非常に喜ばしいことだと思っています」
  ・「ですが、もし故郷に帰りたいのであれば、私が送って差し上げましょう」
 ・その際、海神は見つけた釣針をホオリに献上した
 ・また、釣針に添えてシオミツタマシオヒノタマを献上し、このように言った
  ・「天孫よ、遠く隔たったとしても、どうか時々は思い出し、忘れないでいてください」
 ・また、海神への対策を このように教えた
  ・「もし、貴方がこの釣針をに返す時は、"貧乏のもと、飢えの始め、苦しみの根"と言って返しなさい」
  ・「また、この釣針に密かに"汝が生んだ子の八十連が貧しくなる針・滅び針・役にたたない針・心が急く針"と唱えなさい」
  ・「そこで、唱え終えた時に後ろに放り捨てるように渡しなさい、向かい合って授けてはなりません」
  ・「また、三度唾を吐きなさい」
  ・「また、貴方が海を渡ろうとするときに、私はを溺れさせて苦しめましょう」
  ・「もし、が怒って貴方を傷つけようとすれば、シオミツタマを出して溺れさせなさい」
  ・「また、が苦しんで助けを乞うたなら、シオヒノタマを出して救ってやりなさい」
  ・「このように責め悩ませれば、は自然と服従することでしょう」
  ・「また、が海で釣りをするときには、天孫は海辺から口をすぼめて息を吹き出すカザオギをしなさい」
  ・「そうすれば、私はオキツカゼとヘツカゼを立てて、速い波を起こして溺れさせましょう」
  ・「また、が高い所に田を作れば、貴方は低い所に田を作りなさい」
  ・「また、は低い所に田を作れば、貴方は高い所に田を作りなさい」
 ・このように、海神は誠実を尽くしてホオリに助力した
・(ホオリが地上に帰ることになった時のこと)
 ・海神ワニたちを呼び集めて、このように尋ねた
  ・「今から天孫が地上に帰るが、お前たちは何日で送ることが出来る?」
 ・すると、数々のワニが それぞれの可能な日数を述べた
 ・その際、ヒトヒロワニが一日で送れると言ったため、海神ヒトヒロワニホオリを地上に送るよう命じた


ホスセリの服従

天孫(ホオリ)が地上に帰ってくると、海神の教えた通りに兄のホスセリに釣針を返した
 ・しかし、は怒って釣針を受け取らなかった
 ・そこで、シオミツタマを取り出すと、潮が大きく満ちてきて足を浸した
 ・これは、足占(あしうら)の意味がある
  ・膝に水が至った時には、足を上げた
  ・股に水が至った時には、走り回った
  ・越に水が至った時には、腰を撫でまわした
  ・腋に水が至った時には、手を胸に置いた
  ・首に水が至った時には、手を挙げてひらひらさせた
 ・これに困ったは助けを求めて このように言った
  ・「私は貴方にお仕えする奴(やっこ)となりますので、どうかお助けください」
 ・そこで、シオヒノタマを出すと、潮は自然に引いて兄は元に戻った
・また、が釣りをする日に、は浜辺でカザオギをした
 ・すると、急に疾風が起こっては溺れて苦しんだ
 ・そこで、助かりそうも無いので遥か向こうのに向けて、このように救いを呼び掛けた
  ・「お前は長い間 海原で暮らしていたため、良い方法を知っているだろう」
  ・「どうか私を救ってくれ」
  ・「そうすれば、私の子孫は末代まで貴方の住居の垣を離れずに俳優(わざおぎ)の民となろう」
 ・それを聞いたカザオギを止めると、風も止んだ
・これによって助かったは、の徳を知って自ら服従しようとした
 ・しかし、は怒って口を利かなかった
 ・そこで、はフンドシをして、手の平に土を塗って、に このように言った
  ・「私はこの通り身を汚しました」
  ・「よって、永く貴方のための俳優となりましょう」
 ・そして、を上げて踏み鳴らし、その溺れ苦しむ様を真似した
・その後、は日に日にやつれていき、貧困であると憂えるようになった
 ・そこで、に降伏すると、はシオミツタマでを溺れさせ、またシオヒノタマで元に戻した
 ・すると、後には前言を改めて このように言った
  ・「私はお前の兄である」
  ・「どうして人の兄として弟に仕えることができようか」
 ・そこで、がシオミツタマを出すと、それを見たは高い山に逃げ登った
 ・しかし、その潮で山を水没させた
 ・また、は山の高い木に登って逃れようとしたが、潮は その木すら水没させた
 ・そこで困り果てたは、逃げるところも失ってしまったため、己の罪を認めて このように言った
  ・「私は過ちを犯しました」
  ・「故に、今度は私の子孫の末まで貴方の俳優となり、また狗人(いぬひと)となりましょう」
  ・「これでどうか私を哀れんでください」
 ・すると、はシオヒノタマを出して潮を引かせて、を救ってやった
 ・これにより、が神の徳を持っていることを知り、遂に服従して仕えることにした
  ・このため、の子孫である隼人らは、今に至るまで皇居の垣の傍を離れず、吠える犬の役をして仕えているのである
  ・また、これが世の人が失った針を催促しないことの由縁である


ウガヤフキアエズの誕生

・これ以前に、ホオリトヨタマヒメが別れようとする時のこと
 ・トヨタマヒメホオリに このように言った
  ・「私は既に御子を孕んでおり、時期に産まれることでしょう」
  ・「しかし、海の中で産むわけにはいきません」
  ・「ですので、御子を産む時には貴方の元に参ります」
  ・「波風の荒い日に浜辺に出ますので、それまでにどうか産屋を作って待っていてください」
 ・この後、ホオリは郷に帰って、鵜の羽を屋根に葺いた産屋を造り始めた
 ・しかし、屋根が葺き終わらないうちにトヨタマヒメが大亀に乗り、妹のタマヨリヒメと共に海を照らしてやって来た
  ・一説には、龍に乗ってやってきたという
 ・また、既に臨月を迎えており、御子が産まれんばかりであった
 ・そのため、トヨタマヒメは屋根を葺き終えるのを待たずに、すぐに産屋に入って行った
 ・そして、出産の前にホオリに対して このように言った
  ・「私は今晩にも御子を産むことでしょう」
  ・「ですが、決して その様子を覗かないでください」
 ・ホオリは心の中で その言葉を怪しみ、トヨタマヒメの申し出を聞かずに密かに覗いた
 ・すると、トヨタマヒメヤヒロワニの姿に変わって這い回っている姿を見てしまった
 ・また、トヨタマヒメも見られていることに気付き、それを深く恥じて恨みを抱いた
・御子が生まれると、ホオリは その名についてトヨタマヒメに問うた
 ・すると、トヨタマヒメヒコナギサタケウガヤフキアエズと名付けようと提案した
 ・この名は、海辺の産屋が鵜の羽を屋根に葺き終える前に御子が生まれたことに由来する
・その後、ホオリが産屋を覗き見たことでトヨタマヒメは大いに恨んだ
 ・そこで、ホオリに対して このように言った
  ・「貴方は私の頼みを聞かず、私に恥をかかせました」
  ・「そのため、今後は私の使いが貴方の所へ行ったら返さないでください」
  ・「貴方が送った使いが私の元にやって来ても、私は返すつもりはございません」
  ・これが、海と陸が相通わないことの由縁である
 ・そして、トヨタマヒメは生まれた御子をマコトオウフスマの草で包んで渚に置き、後に自ら抱いて海の郷に去った
  ・一説には、妹のタマヨリヒメを地上に留めて、そこで養育させて去ったともいう
 ・その後、トヨタマヒメは御子を海中に留めるわけにはいかないと言い、妹のタマヨリヒメに抱かせて送り出した
 ・ホオリは婦人を召して、チオモ、イイカミ、ユヒトを為し、諸々の役目を備えて御子を養育した
 ・また、時には他の女を乳母として御子を養うこともあった
  ・これが、世の中で乳母を決めて、子を育てることの始まりである
・この後、トヨタマヒメは御子が美しく可愛らしいとの噂を聞き、憐みの心が募って、また育てたいと思うようになった
 ・しかし、義に適わないので、妹のタマヨリヒメを遣わせて養育させた
 ・そこで、タマヨリヒメが召されて生んだ一児の子を、タケクライオキという
・また、トヨタマヒメは別れる際に恨み事を頻りに言った
 ・そこで、ホオリは もうトヨタマヒメとは会えないことを悟って、歌を一首 贈った
 ・トヨタマヒメは、その返歌をタマヨリヒメに託して奉った
 ・この贈答の二首を挙歌(あげうた)という
・なお、ヒコホホデミ(ホオリ)が生んだ御子は この通りである
 ・まず、ヒコナギサタケウガヤフキアエズを生んだ
 ・次に、タケクライオキを生んだ(大和国造らの祖である)
・なお、ウガヤフキアエズヒコホホデミ(ホオリ)の第三子である
 ・母をトヨタマヒメという(海神の上の娘である)
 ・后をタマヨリヒメとした(海神の下の娘であり、トヨタマヒメの妹で、ウガヤフキアエズの叔母に当たる)
 ・そして、四人の御子を儲けた
  ・まず、ヒコイツセを生んだ(賊の矢に当たって亡くなった)
  ・次に、イナヒを生んだ(海に没して鋤持神となった)
  ・次に、ミケイリヌを生んだ(常世の郷に行った)
  ・次に、イワレヒコを生んだ


後書

参考文献

先代旧事本紀(ウィキペディア)
天璽瑞宝(現代語訳「先代旧事本紀」)
『先代旧事本紀』の現代語訳(HISASHI)


関連項目

日本神話のススメ(記紀神話の解説とまとめ)
『古事記』による日本神話
『日本書紀』による日本神話
『古語拾遺』による日本神話
神武東征