【当サイトについて】

・当ブログは「人文研究見聞録(じんぶんけんきゅうけんぶんろく)」と言います。
・このブログでは、著者が実際に見た・体験した「日本」についての記事を書いています。
・その他にも「日本神話」の独自研究についての記事なども書いています。
・サイト内のコンテンツについては、上部のメニューバーおよびサイト右側に配置したメニューを参照してください

2017年1月29日日曜日

六甲比命大善神 [兵庫県]

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]

兵庫県神戸市の六甲山にある六甲比命大善神(ろっこうひめだいぜんのかみ)です。

六甲比命神社の御神体であり、六甲山に点在する巨岩の中でも最も巨大で荘厳なものとなっています。

また、『ホツマツタヱ』の記述などからセオリツヒメの墓所と推察されるため、セオリツヒメの磐座とも呼ばれています。

概要

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
六甲比命神社
人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
吉祥院多聞寺

六甲比命大善神は六甲比命神社の御神体とされる巨大な磐座であり、六甲姫・六甲比女、ヒメさん、セオリツヒメの磐座 などと呼ばれているとされ、祭神は本尊を弁財天とする"ムカツヒメ"であるとされます。

また、吉祥院多聞寺(神戸市北区)の奥の院とされており、多聞寺の縁起によれば「インドから渡来した法道仙人(ほうどうせんにん)が六甲山の雲ヶ岩(紫雲賀岩)で修行中に紫色の雲に乗った毘沙門天(ビシャモンテン)と出会ったことから、第36代孝徳天皇の御代(645年)に多聞寺を開き、六甲山の仰臥岩・雲ヶ岩(紫雲賀岩)・六甲比命大善神・心経岩を多聞寺の奥の院とした」とされています。

なお、六甲山は かつて西宮市にある廣田神社の社領であったとされており、祭神名も一致することから、当磐座で祀られる"ムカツヒメ"は廣田神社の主祭神と同神であると考えられているようです。

また、日本三大弁財天の一つとされる天河大弁財天社の創建に関わった天武天皇と役行者は、"伊勢内宮の荒祭宮で祀られる女神(瀬織津姫)を天の安河の日輪弁財天として祀った"とされ、これに関連して当磐座の本尊が弁財天となったと考えられており、かつては役行者の縁者の四鬼家が奈良の天川村の洞川より唐櫃に移住して西六甲の山を管理していたとされます。

現在では六甲比命講によって管理され、毎年の春秋には護摩供養が開催されているそうです。

祭神について

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
廣田神社
人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
天河大弁財天社
人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
荒祭宮

wikipediaによれば、当磐座で祀られる祭神は"六甲の山名の変遷とともに変わってきた"と考えられており、江戸時代以前の六甲山には「武庫」という漢字が当てられて「むこうやま、むこやま」と呼称されてきたとされます。

また、賀茂真淵の『冠辞考(かんじこう、枕詞の辞書)』の「あまざかる(日、鄙(ひな)、向かふに掛かる枕詞)」の項には向かつ峰の名が伝わることもあり、祭神名は当初は「むかつひめ」と呼ばれ、近世までは「むこうひめ」と呼ばれていたと考えられているそうです。

さらに かつては六甲山全山が西宮市にある廣田神社の社領であったことと、廣田神社の主祭神である天照大神荒魂(伊勢内宮の荒祭宮祭神)こと撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(ツキサカキ イツノミタマ アマサカル ムカツヒメ)と神名が一致することから、当磐座で祀られてきた「むかつひめ」も廣田神社の主祭神と同神であると考えられています。

また、奈良県吉野郡天川村にある天河大弁財天社の祭神は、創建に関わった天武天皇と役行者が"伊勢神宮内宮の荒祭宮で祀られる女神(瀬織津姫)を天の安河の日輪弁財天として祀った"と云われており、これについては正徳2年(1712年)に社家が代官所に出した願書の「生身天女の御鎮座天照姫とも奉崇して、今伊勢国五十鈴之川上に鎮り座す天照大神別体不二之御神と申し伝え」という一文が裏付けているとされています。

以上のことから、当磐座で祀られる「むかつひめ」という神は、西宮市の廣田神社で祀られる「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命」、天河大弁財天社で祀られる「弁財天」、伊勢神宮の荒祭宮で祀られる「天照大神荒魂(瀬織津姫)」と同神であると言われています。

ホツマツタヱとの関係


ヲシテという神代文字で記された文献である『ホツマツタヱ』によれば、「日本神話」に登場する天照大御神(アマテラス)はアマテルと呼ばれる男神であり、その后としてセオリツヒメという女神が居たとされます。

このセオリツヒメは別名をアマサカルヒニムカツヒメといい、アマテルの内宮(正室)としてオシホミミを儲けたとされ、アマテルが世を去る際には「ヒロタの宮に行ってワカヒメと共に妹心を守れ」という遺命を受けたとされています。

こうした『ホツマツタヱ』の記述から、当磐座はムカツヒメ(セオリツヒメ)の墓所と推察されており、上記の祭神の説とも一致すると言われています。

また、一説によれば、当磐座は日(アマテル・男神)に対する月(セオリツヒメ・女神)の象徴としてウサギの形に配されているとされ、場所を定めたのはホヒ(天穂日命)、磐座を組んだのはオオヤマツミ(大山祇神)の一族であり、アマテル(天照大御神)とトヨケ(豊受大神)の墓所とされる京丹後市の比沼麻奈爲神社の方角を向いているとも言われているようです。

参考サイト:セオリツヒメ(ホツマツタヱ解読ガイド)

アクセス

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]

Googleマップで確認できる六甲山の磐座群までのルートは2パターンあり、それぞれの特徴は以下の通りです。

【ルートA】

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
ルートAの案内板

・六甲山カンツリーハウスの中央入口駐車場の脇道より、道なりに進んでいく
 → しばらくは舗装された道が続き、カンツリーハウスの駐車場が見えてくる(Googleストリートビューで確認可能)
・舗装された道の先を進むと、やがて磐座群の案内板が現れて舗装されていない山道になる
 → ルート上にいくつかの山荘があるため、初見だと道に迷いやすい
・このルートで行けば、心経岩 → 六甲比命大善神(六甲比命神社) → 雲ヶ岩 → 仰臥岩 という順で磐座を拝める
 → 山道の途中で"ロープを伝って進む場所"や"梯子を登る必要のある場所"が出てくるため、軍手などがあると重宝する

【ルートB】

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
ルートBの案内板

・六甲山カンツリーハウスの中央入口駐車場の脇道のさらに西にある小道を道なりに進んでいく
 → 「関西大学六甲山荘」の表示の向かいにある小道(Googleストリートビューでは確認不可)
・ルート上に磐座群の案内板が現れるため、方向指示に従って進めば迷わないと思われる
 → 磐座群までの道は山道になっており、足場が悪く、手すりもないため注意が必要
・このルートで行けば、仰臥岩 → 雲ヶ岩 → 六甲比命大善神(六甲比命神社) → 心経岩 という順で磐座を拝める
 → 山道の途中で"ロープを伝って進む場所"や"梯子を登る必要のある場所"が出てくるため、軍手などがあると重宝する

※個人的には「ルートA(行き) → ルートB(帰り)」の順で参拝するのがベターだと思います。

周辺の様子

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]

六甲比命大善神は六甲比命神社の背後に鎮座しています。

心経岩方面からであれば、そこから続く山道を道なりに進んでいくと やがて見えてきます。

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
六甲比命神社
人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
山道

山道は木の根が足場を成しており、手摺の代わりとなるロープが木々に張られています。

ルート上に見える磐座は非常に巨大であり、思わず声が出てしまうほど圧倒されてしまいます。

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
六甲比命大善神
人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
榊と供物

いわゆる驚愕というか、心に訴える言葉にできないインパクトがあるので、ぜひとも肉眼で拝見して欲しいものです。

なお、磐座の下には「六甲比命大善神」の表示があり、榊や供物が供えられています。

また、磐座の横には階段が設置されており、階段を上ると六甲比命神社に向かうことができます。

人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
神社までの階段
人文研究見聞録:六甲比命大善神 [兵庫県]
階段から見た社殿

反対に階段を下っていけば、心経岩方面に向かうことができます。

料金: 無料
住所: 兵庫県神戸市灘区六甲山町北六甲(マップ
営業: 終日開放
交通: 六甲山上駅(徒歩53分)、六甲山上バス「六甲山スノーパーク下車」(徒歩8分)


スポンサーリンク


記事がお役に立てましたら、シェアお願いします

このエントリーをはてなブックマークに追加


0 件のコメント :

コメントを投稿

記事の容量によってトップページに表示される記事の件数が少なくなる場合があります。
お手数ですが、過去の投稿を見るには 右の「前の投稿」をクリックしてください。