人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

東京都新宿区にある花園神社(はなぞのじんじゃ)です。

新宿の街の中心にあり、江戸時代より新宿総鎮守として庶民の崇敬を集めているとされています。

また、古くから芸能に縁が深かったとされ、敷地内では各種劇団による催物などが定期的に開催されているそうです。


神社概要

由緒

創建の由緒は不明とされるものの、徳川家康が江戸に入った1590年には既に存在しており、大和の吉野山より勧請されたと伝わっているそうです。そして、当地に内藤新宿が開かれると、その鎮守として祀られるようになったとされています。

また、当初は現在地よりも約250メートル南にあったとされますが、寛政年間(1789~1801年)に朝倉筑後守という旗本が この周辺に下屋敷を拝領したため、一時的に参拝ができなくなったとされます。そのため、氏子がその旨を幕府に訴えて、尾張藩下屋敷の庭の一部である現在地を拝領し、そこに遷座したそうです。

なお、その場所は多くの花が咲き乱れていた花園の跡であったことから「花園稲荷神社」と呼ばれるようになり、加えて、真言宗豊山派愛染院の別院・三光院が合祀されたことから「三光院稲荷」とも、さらに地名から「四谷追分稲荷」とも呼ばれたとされています。

その後、明治になると神仏分離令によって三光院と分離され、村社に列格したとされますが、届出の際に「花園」を書き忘れたため「村社稲荷神社」と称すことになったとされます。しかし、伏見稲荷と間違えるなど紛らわしい等の理由から、大正5年(1916年)1月25日に東京府知事に対し改名願を出し、同年2月26日に許可され「花園稲荷神社」に改称したとされます。

そして、昭和期に入ると、昭和3年(1928年)に現新宿4丁目にあった雷電稲荷神社を合祀して郷社に昇格し、昭和40年(1965年)にコンクリート製の本殿に建て替えらると共に、末社・大鳥神社を本殿に合祀して、社名を「花園神社」に改めて現在に至るとされています。

祭神

人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

花園神社の祭神は以下の通りです。

・倉稲魂命(ウカノミタマ):稲荷神(大和の吉野山より勧請されたと伝わる)
・日本武尊(ヤマトタケル):大鳥明神(末社の大鳥神社から本殿に合祀された)
・受持神(ウケモチ):衣食を司る神(かつては雷電神社の祭神だったとされる)

境内社

芸能浅間神社

人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

花園神社の摂社・芸能浅間神社(げいのうあさまじんじゃ)です。

富士塚の上に鎮座することが特徴であり、祭神の木花之佐久夜毘売命(コノハナサクヤヒメ)を祀っています。

江戸時代から芝居や舞踊の興行に縁が深かったため、芸能関係の奉納が多いとされています。

威徳稲荷神社

人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

花園神社の境内社・威徳稲荷神社(いとくいなりじんじゃ)です。

昭和3年4月頃に建てられたと伝えられていますが、戦災により資料が焼失したため、詳細は不明とされています。

しかし、夫婦和合・子授け・縁結び・恋愛成就の霊験があらたかであることから、パワースポットとしても知られています。

特に社殿の付近2箇所に安置される男根形の像を撫でると御利益があるとされ、女性やカップルに人気が高いそうです。

境内の見どころ

鳥居

人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

花園神社の鳥居です。

拝殿

人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

花園神社の拝殿です。

拝礼に際に「祓え給い 清め給え 神ながら 守り給い 幸え給え」という神拝詞を唱えることとされています。


人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

花園神社の拝殿には鈴が5つ並べられています。

二宮金次郎像

人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

花園神社にある二宮金次郎像です。

納大明神

人文研究見聞録:花園神社 [東京都]

花園神社にある納大明神です。

古札納付所とされていますが、「腹の立つ事なども当神社にお納め下さい」とも書かれています。

料金: 無料
住所: 東京都新宿区新宿5丁目17-3
営業: 終日開放
交通: 新宿三丁目駅(すぐ)、新宿駅東口(徒歩7分)

公式サイト: http://www.hanazono-jinja.or.jp/mt/top/
matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。