人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]

熊野那智大社の「那智の扇祭り2015」に参加してきたので、その様子をレポートしたいと思います。

しかし、時間の関係で見学できたのは主に「御火行事(那智の火祭)」でしたので、その点を重視して記載します。


熊野那智大社とは?


人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]

熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)」とは、和歌山県の那智勝浦町にある神社です。

日本神話に登場する神武東征以前から存在する自然神信仰の古社であり、奈良時代以降は修験道の修行場とされてきました。


神武東征時に、日本の初代天皇である神武天皇が熊野を訪れた時、熊野から八咫烏(ヤタガラス)に導かれて東征を成功させたことから、三足を持つ八咫烏は熊野のシンボルとされています。

なお、熊野とは紀伊半島の南端部(和歌山南部と三重南部)の一帯を指すエリアのことです。

詳しくはこちらの記事を参照 :【熊野那智大社】

那智の扇祭りとは?


人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]

毎年7月14日に開催される熊野那智大社の例大祭であり、「扇祭(おうぎまつり)」または「扇会式法会(おうぎえしきほうえ)」と呼ばれます。

一般的には「那智の火祭り」の名で知られており、例大祭にて奉納される「田楽舞(那智の田楽)」は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

古来より続く神事としての扇祭は、かつて夫須美大神(イザナミとされる)花の窟(三重県の花窟神社)から勧請した故事にまつわるものであるとされており、かつては寄り木となる木を立てて大神を迎えた後、その木を倒して大神が帰らぬようにする神事があったといわれています。

しかし、今日の扇祭は「火と水の祭り」であるとされており、農事繁栄のような「生命力の再生と繁栄」を表していると解釈されています。

以下、扇祭りの要素を箇条書きで説明します。

扇祭りの要素


・扇:「徳を備え風を起こす」
 → 扇の起こす「」は、彼方に向かえば災厄を除き、此方に向かえば福を招く 霊力があるとされる。
・火:「万物の活力の源」を表す
 → 「」は熊野信仰(古神道・密教・修験道)で重要視される要素でもある
・水:「生命の源」を表す
 → 「」は那智における古くからの崇拝の対象であり、飛瀧神社の神体とされる那智滝に代表される。

四大元素五大思想に通じるような要素である気がしますね。

なお、扇祭りの主なタイムスケジュールは以下の通りです。

那智大社の扇祭りのタイムスケジュール


・10:00~ 御本社大前の儀(那智大社)
・11:00~ 大和舞(那智大社特設舞台)
・11:30~ 那智の田楽(那智大社特設舞台)
・12:15~ 御田植式(那智大社)
・13:00~ 扇神輿渡御式(那智大社)
・13:30~ 伏拝扇立神事(那智大社参道)
・14:00~ 御火行事(那智滝)
・14:20~ 御瀧本大前の儀(那智滝)
・14:50~ 御田刈式・那瀑舞(那智滝)
・15:30~ 扇神輿還御祭(那智大社)

※午前中は那智大社境内にて舞などの奉納が行われ、午後からは境内から那智滝へ移動して祭祀を行います。

那智の火祭り(参加レポート)


扇祭りの当日に那智へ向かったため、到着したのは正午あたりでした。そのため、「扇神輿渡御式~御火行事」までをレポートします。

12:00ごろ、那智大社のバス停に到着しました。扇祭りの開催日は平日でしたが、国内外から多くの観光客が訪れていました。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]

そして、バス停から山上へ続く長い石階段を上って那智大社を目指すことにになりますが、なかなか体力が必要です。なお、バス停付近のお土産屋の前には、参道を上るのに役立つ竹杖が無料貸し出しされています。

那智大社までの参道には、火祭りの様子を描いたシャッターがありました。そこに描かれる「」と「」は、「NARUTO」の「うちは一族」を彷彿とさせます。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
扇祭りのシャッター
人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
うちはの火遁

12:15ごろ、那智大社に到着しました。このとき既に田楽などの奉納は終了しており、火祭りの準備のために白装束を身に纏った氏子が境内にチラホラと見えています。なお、火祭りが始まると本殿への参拝ができなくなりますので、早めにしておくことが無難です。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]

このとき、本殿の前には多数の「扇神輿(おうぎみこし)」と、祭りで燃やす「大松明(おおたいまつ)」が安置されています。ちなみに大松明の重さは50kg近くあるそうです。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
扇神輿
人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
大松明

なお、13:30までは具体的な動きはありません。そのため、この間に那智大社の本殿および境内の御縣彦社や樟霊社、また飛瀧神社(那智滝)や青岸渡寺などを一通り周っておくことをおススメします(飛瀧神社も火祭り時に封鎖されます)。

13:00過ぎ、柄付きの服を纏った扇指し(神輿の担い手)が境内に集まり始めます。その後、境内が鎮まり始め、御火行事(火祭り神事)がスタートします。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]

まずは、神官が本殿に向かい扇神輿渡御式(御火行事の開始の儀礼)を行います。次に大滝に向かって3度「ザアザアホウ」と閧声をあげ、礼殿内では大太鼓が連打されます。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]

続いて、白装束の氏子が「五十続松(いそつぎまつ)」と呼ばれる小型の松明に火をつけ、それを携えた子ノ使(ねのつかい)と呼ばれる氏子を先頭に、前駆神職、伶人、馬扇、12本の大松明、神役、扇神輿、随員が本殿前を出発します。

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五十続松
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大松明
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扇神輿

なお、一度出発すると行列を邪魔するわけにはいかないので、近くで見学する場合は先行するか後続に付くしかありません(つまり行列に紛れることは不可)。

行列は那智大社の参道を通りつつ、「飛瀧神社(那智滝)」を目指します。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
行列
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那智滝へ向かう

13:30ごろ、ルートの途中(那智大社と那智滝の中間あたり)の「伏拝」と呼ばれる場所で一度 大松明と神輿を置き、伏拝扇立神事が行われます。神輿が立てられる度に、行列の祭員らは拍手をして褒め讃えます。これは「扇立て」と呼ばれるそうです。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
伏拝の扇立て
人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
伏拝では火が焚かれる

なお、この際の大松明の破損は御法度なのだそうです。なので、氏子の方々は非常に気を使われておりました。

また、扇祭の様式には神仏分離以前の修験の祭りとしての要素も含んでいるとされ、中世では「扇褒め神事」を執り行うのは青岸渡寺の尊勝院を拠点とする修験者たちの役目であったとされています。明治以降の神仏分離後には、扇褒め神事が那智大社の権宮司に委ねられるようになったんだそうです。

その後、行列が飛瀧神社の参道に指しかかると一般ギャラリーは解散させられ、参道の迂回ルートに促されます。そのため、「火祭り」のみを見学したい人は、早めに飛瀧神社付近に赴き、見学しやすいポイントを陣取っておく必要がありそうです。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
飛瀧神社の参道入口
人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
飛瀧神社の鳥居

なお、想像以上の人混みですので、危険に配慮しながら場所を確保しないとケガをする場合があります。

飛瀧神社前に行列が到着すると、滝の前では時刻を見計らって伏拝に向かって「ザアザアホウ」と閧声をあげ、大太鼓が連打されます。

そのとき、御滝本から伏拝へ使者が送られ、使者の到着に応じて、伏せられた扇神輿が続々と大滝参道鳥居の内に進んできます。鳥居をくぐると、扇が再び立てられ、那智滝前の「火所(いろり)」では、この間に大松明に火が点けられます。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]

そして、白装束の氏子が順次出発して石段を上って行き、八咫烏帽を被った権宮司が飛瀧神社前に神饌(神への供え物)を供えます。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
八咫烏帽を被った権宮司
人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
神饌を供える

14:00過ぎ、ここからが「那智の火祭り」の醍醐味とされる火祭りの核心部分です。

大松明と扇神輿が出会うと、大松明12体が円陣を組んで石段をまわって扇神輿に火の粉を浴びせます。そして、扇神輿の前の神役も扇子を開いて松明の炎を扇ぎ、扇神輿を清めます(「松明火焔の清め」、「大松明による扇神輿の清め」と呼ばれます)。

その際、一方では火払所役の氏子が手桶の水を汲んでは松明に浴びせかけ、火の粉を消して回ります。そして、「炎」と「松明所役の氏子」・「扇指し」が交し合う掛け声が一丸となり、飛瀧神社前と参道を往復して大松明を抱えながらギャラリーの前を乱舞し、練り歩きます。このとき、火祭りは頂点に達します。

人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
大松明に水を浴びせる
人文研究見聞録:那智の扇祭り(火祭り)  [和歌山県]
松明を持って周回する

その迫力は、こちらの動画で詳しい様子を見ることができます。ぜひご覧ください。


その後、炎の乱舞が繰り返されるうちに松明の炎も消えかかり、松明は火所へ帰って炎を消して納めます。そして、権宮司によって飛瀧神社への神饌奉納の儀式(滝本祭の神事)が始まります。

火祭り(御火行事)は権宮司の仕切りによって行われるのですが、松明の火を媒介・操作することにより神霊を導き、扇神輿に招くという点が、「火の操作者としての修験者」を表しているとされ、火祭りが修験道を象徴する神事であるという見方もあるようですね。

なお、自分が見たのはここまでなので以降の詳しい様子は分かりませんが、滝本祭の神事が執り行われた後は、松明所役も交えた田刈舞・那瀑舞が奉納され、一同は大社へ帰還するとされています。

そして、再び本殿前に扇神輿が飾られて、還御祭の神事が行われた後に扇神輿が解体され、扇祭りは幕を閉じるそうです。

熊野の魅力


人文研究見聞録:熊野の魅力

熊野は紀伊半島の南端部に位置し、海・山・川の大自然を有する自然あふれる癒しのスポットとなっています。

熊野には熊野三山という3つの神社が存在し、原始時代の自然崇拝を基調とする原始神道思想の信仰が今でも続けられています。

そして、奈良時代に始まった修験道の修験者(熊野修験)によって熊野古道が造られ、熊野三山と伊勢神宮を結ぶ参詣道として今なお存在しており、古代の日本を知る上で重要なスポットとなっています。

熊野や伊勢は、神道や修験道における聖地とされてますが、やはり、そうされるに相応しいパワーが感じられる場所です。

また、観光地としても魅力的な場所であり、熊野那智大社から望む熊野の大自然や那智大滝は絶景です。

人文研究見聞録:熊野の魅力
那智大滝

周辺には温泉地も点在しており、紀伊勝浦駅には無料の足湯もあります。

人文研究見聞録:熊野の魅力
紀伊勝浦駅の足湯

また、那智周辺には勝浦温泉が湧いており、多くのホテルや旅館で温泉を楽しむことができるようです。ちなみに那智駅には日帰りで入浴できる温泉もあります(現在閉鎖中)。

個人的には、古代史探求という見地からおススメできる場所ですが、観光地としても充分楽しめる場所だと思います。

火祭りと拝火教


那智大社では「那智の火祭り」が有名な祭りとなっていますが、この祭りはその名の通り「」を尊びます。また、それと対になる「扇神輿」の先端の扇は太陽を模っているとも言える形となっています。

人文研究見聞録:火祭りと拝火教
火を尊ぶ
人文研究見聞録:火祭りと拝火教
太陽の様な形の扇

つまり、「」と「太陽」を尊崇する信仰が背景にあると思われます。

熊野信仰の源流とされる古神道は 自然神信仰・祖先神信仰・田の神信仰 に分類されますが、熊野三山では、それぞれがその3種の神道形式に分かれているとされています。

また、熊野の代名詞とも言える修験道は、自然神信仰と密教信仰が習合した信仰であるとされ、熊野信仰は修験道を通して古神道と密教が一体となった信仰であると言われています。

よって、熊野は「神道」と「密教」に密接に関連する場所であると言えます。

詳しくはこちらの記事を参照:【熊野信仰とは?】

「火」を尊ぶ宗教と言えば、世界最古級の宗教である「ゾロアスター教」があげられます。日本ではあまり知られていない宗教ですが、紀元前6世紀頃に古代ペルシア(現・イラク)で成立した宗教であり、以降多くの宗教に影響を与えていると言われています。

日本の自動車メーカーである「MAZDA(マツダ)」の名前の由来も、実は創業者の姓である「松田」とゾロアスター教の最高神「アフラ・マズダー」にちなむとされています。

詳しくはこちらの記事を参照:【ゾロアスター教とは?】

このゾロアスター教は別名「拝火教」とも呼ばれ、西方から東方へも伝播し、唐代の中国(7世紀~10世紀)にも伝わって、祆教(けんきょう)となったとされています。

その「ゾロアスター教」と「那智の火祭り」には、それなりの共通点があります。それを以下にまとめて記載したいと思います。

火祭りとゾロアスター教の共通点


人文研究見聞録:火祭りと拝火教
火祭りの衣装
人文研究見聞録:火祭りと拝火教
ゾロアスター教の白衣
人文研究見聞録:火祭りと拝火教
ザラスシュトラの肖像

・衣装:
 → 那智の氏子は、白装束をまとって、特徴のある帽子フリジア帽に似ている)を被る
 → ゾロアスター教の祭司は、白衣をまとい、伝統的な帽子を被って、聖火を汚さぬよう白いマスクをして儀式に臨む
 → ゾロアスター教の開祖・ザラスシュトラは、肖像画においてフリジア帽を被っている
・火を尊ぶ:
 → 那智の火祭りでは、火を尊び、大松明の扱いに非常に気を使う
 → ゾロアスター教では、炎を善神の象徴としており、そこから火の崇拝が生まれたとされる
・コンセプト:
 → 那智の火祭りでは、火・水・扇(風)を重要な要素とし、大自然の中で祭祀を行う
 → ゾロアスター教では、火のみならず、水・空気・土も神聖なものと捉えられている
・太陽:
 → 那智の火祭りの「扇神輿」の先端の扇は、太陽を模ったような形に配置されている
 → ゾロアスター教の善神ミスラ(ミトラ)は、古くは最高神アフラ・マズダーと表裏一体を成す天則の神であった
 → ミスラ光明神であるという性格から、密教の源流となるミトラ教では太陽神として崇められた

このように、古代ペルシアの古代宗教であるゾロアスター教との多くの類似点が存在します。

なお、那智の火祭りで大松明を担ぐ姿は、一般的にはオリンピックの聖火リレーを彷彿とさせる見た目になっていますが、そもそもその聖火リレーも、ゾロアスター教の火を聖なるものとする習慣から来ているという説があります。

人文研究見聞録:火祭りと拝火教
大松明
人文研究見聞録:火祭りと拝火教
オリンピック聖火

こうした点から、「那智の火祭り」の源流には古代ペルシアの「ゾロアスター教」の影響があったと言えるのではないでしょうか?

また、修験道は自然神信仰と密教が習合した宗教であるとされていますが、その密教の源流となる「ミトラ教」も古代ペルシアの宗教であり、その起源は「ゾロアスター教」であるという説もあります。

つまり、まず修験道が起こった7世紀ごろの熊野には、修験道を介して古代ペルシアの宗教思想が伝わっていたと考えられます。

また、那智大社の付近に位置する青岸渡寺の本尊である「如意輪観音像」も密教と関わりがあるとされており、青岸渡寺の創建伝承によれば4世紀には既に祀られていたとされていることから、「ゾロアスター教」および「ミトラ教」の思想はその頃から日本に存在していたのかも知れません。

詳しくはこちらの記事を参照 :【青岸渡寺】

というような、大それた推論を発表してみるワケですが、日本の古代史を追って行くと歴史教科書には載っていないことが多く見つかります。ゆえに歴史教科書に載っている情報は不完全な情報であろうと、個人的に思っています。

ですので、歴史教科書や通説を疑って身の回りを探索してみると、意外と斬新な新発見があるんじゃないかと思いますね。


料金: 無料
住所: 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1
営業: 6:00~17:00
交通: 紀伊勝浦駅よりバス、那智駅(徒歩129分)、大門坂(徒歩61分)

公式サイト: http://www.kumanonachitaisha.or.jp/
matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。